続:言葉が嫌いになる
つい数時間前に言葉が嫌いになると書いた、
でもダメだ。こんなに文章を垂れ流しておいて、最終的に言葉が嫌いになりました。
なんて嫌だ。
言葉がなければこんな風になにも表現できない。
YUIの歌詞に、どうして人は言葉を持ってしまったのだろうと言う歌詞があったことを思い出した。浮気された歌、そしてそれをごまかされた歌だったはず。
でもどんなに嫌だなぁと思っても、
やっぱり肯定しなきゃならない。
言葉はきっと色なことをややこしくしただろうが、同時に繊細な部分も拾った。
行動だけじゃなくその裏になにがあるかを暴いた。現象だけでなくそのさらに奥にあることを掴んだ。「感じる」と同じく、
言葉は肯定しなければ。そしてそれだけ大きいものをもっと大切に武器にしなくては。